思い出の真鍋島(まなべしま)

真鍋 梅美

 今から五十七年程前の昭和四十年五月上旬二十三才の時初めて一人でまなべ島へと先祖の 歴史を知りたくて岡山郷土史研究会の人達と岡山県笠岡市の駅で待合わせして船でまなべ島へ渡りました。島は真っ白なマーガレットに包 まれ青い海の只中にありました。真に夢に見た島でした。船着き場の海辺にはちいさなふぐがおよいでおりまるで熱帯魚の様でした。まな べ城跡をみたときは、何かとても先祖へのロマンを感じうれしかったのを思い出します。又戦で負けて若様が亡くなり、その後を追ってお 姫様が崖から飛び降りなくなったという三田姫様の墓がありました。
段々畑を登り丸ど う様の前で皆で頭を下げました。とても偉い方の宝鏡印塔だと言われ、知りたいと思いました。真鍋増太郎様一家と夜はおいしい魚料理を 頂き、礼三さんのお宅にお伺いした時、おいしいお菓子を頂きましたがお室にお琴がたくさん並んでいたのが印象的でした。礼三さんの家 は代々京極藩のお茶の先生をやっていたとの事です。翌日は八幡神社をお詣りし又五輪塔にも詣り鎌倉時代の作りのお墓だと聞きましたそ の後一人で四国伊予西条の親せきに行きお話をしました。熱海に帰ってから、その後、真鍋八千代社長と偶然お会いし、まなべ島の話をし てから、三回程熱海の別荘でお会いして最後に伯父越智栄次郎が著わした「予州真鍋氏」を差し上げました。それが縁で、その後十七年 経ってから「全国まなべ会」が発足する事になり、再び真鍋島に渡る事になりました。四国や兵庫の遠い方々が二十名程とお会いし親しく お話が出来ました。今は会えなくなってしまった方々、その中でも私と一番親しかった当麻美代子さんとは、いつもまなべ会で一緒にいろ いろ話をしました。この方が藤治会長を支えていたからこそ「まなべ会」が続けてこられたと思います。
徳島の五郎会長や 修さん等、いつもまなべ会を引っ張って来られた方々がいらっしゃったからこそ、四十会も続けられたと思います。今は全国に散っていっ たまなべ姓の方々とこれからも親しく、先祖の話をしながらして行きたいと思います。今年の四十回まなべ会を「まなべしま」で出来る事 を嬉しく思います。
            熱海 真鍋梅美
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